プロフィール

海辺の家族

プロフィールサマリ

はじめまして!【ケビン松永】と申します。

ハーフみたいな名前ですが、これはハンドルネームでして、実際は生まれも育ちも完全ドメスティックな日本人男性(40歳:ミノキシジル服用中)です。

  • 家族:妻と子供3人
  • 仕事:ITコンサルタント。新卒で大手SIerに就職しシステム開発に従事してましたが、思い悩んだ末に独立しました
  • 好きな言葉:運も実力のうち、実力も運のうち

生まれ〜学生時代

関東近県のニュータウンで生まれました最近は過疎化が進んでいて、実家に帰省するたびにヤバイ空気を感じています。

男兄弟の末っ子で、たいそう可愛がられたのかと思いきや、我が家は封建社会でした。そんなに人権は無かった。

そのまま公立の小学校、中学校へ進学。田舎の公立学校ってアレですよね。リアルに毎日がビーバップハイスクール、いやホントなんですって。

中学生の時はバスケ部でキャプテンやってました。人生のモテ期をここで使ってしまった。。

その後、県立の進学校へ入学しましたバスケ部にも入ったんですけど、鬼コーチが怖くて1年で辞めました。

代わりに飲食店でのバイトに明け暮れました。バイト後に大人の方々と一緒に、夜の街に繰り出すのが楽しかった。

大学時代

一浪して東京6大学のどこかに入ります。

大学に入った当初から、周囲の環境に馴染めませんでした友達らしい友達もおらず、学校も行ったり行かなかったり。なんかサークルみたいなのもフラッと顔は出してみるものの、面白くなくて。。

大学に入って半年経ち、野球の慶早戦というものに誘われます。

あんまりよく知らなかったんですけど、聞いてみると4年生の高橋センパイが、田淵幸一の東京六大学野球のホームラン記録を29年ぶりに更新しようとしているらしい

知り合いに誘われるがまま、神宮球場に行ったところ、少し出遅れ気味で、入れたのは左中間スタンドあたり、どちらかと言うと早稲田の応援席に近い方でした。

試合当初から、あんまり試合は目に入らず、早稲田チアガールばっかり見てました。

可愛いチアガールの中に、1人、女芸人モリマンのモリ夫みたいな方が居て、それが満面の笑みでノリノリで踊ってるのです。何これ、コントかよ、みたいな感じでとにかく面白くて、ずっとその方を笑いながら見てました。

その時、カーン!!という打球音と共に、球場全体がワーー!!という歓声が湧きました。

どうやら高橋センパイが大きな当たりを打ったらしい。でも、打つ瞬間を見逃していたら、広い球場の上空で白球を見つけることなどできません。

数秒経ち、ライトのポール際が、沸き立ちました。見事にスタンドイン!

高橋センパイ、29年ぶりに田淵幸一越えの記録となるホームラン!
歴史に残るその瞬間、自分は早稲田のモリマンチアガールを見ていた、以上、そういう話です

なんだかんだ親のスネを齧りまくって、大学院まで進めせてもらいました。学部は理工学部でした。

学部、修士を含めて、6年間のうち3年間ぐらいしか学校に行かなかった感じです。

毎年、大学から送られくる成績表を開けるのが怖かったです。進級するのに単位は足りてるのか。自分の計算ではギリギリセーフのハズなんだが。。

そして本当に本当に、ギリギリの単位で卒業をしました。未だに単位を落とす夢とか、修士論文が提出できない夢とか見ます

僕、もう40歳なんですけど、何歳になればこの夢を見なくなるんでしょうか。

就職してから

大学時代の劣等生ぶりをなかったことにして、国内最大手のメーカーに就職しました。職種はSE(システムエンジニア)というやつです。

「俺さ、社長になるつもりで仕事するわ」

そう言って入社式を迎えました。・・・なんで突然って感じですが、6年も劣等生やっててちょっと飽きてたんですよね。

人生は人生ゲームと言い出したのもその頃です

仕事も自分が本気で熱中しなかったら、肩身が狭くて辛くなるばっかりだなと思い、新人研修の頃から、自分が社長になったつもりで仕事してました。

そうすると面白いもので、仕事サボってる人を見たり、すぐにタクシー乗る管理職とか見るとムカついた。

「俺の会社でそういうことするの、やめてくれる?」

と思ってました。

まあそんな感じで、仕事にも没頭してたら評価もしてもらって、出世レースも先頭を走るようになりました。

独立

「諸般の事情により、会社を退職することを決意しました」

2018年の暑い日、中間管理職だった私は上位管理職に退職の意思を告げてました。

評価もしてもらってるし、待遇も世間の平均値と比較したら悪くない。トップレベルの恵まれた環境にいたと思います。

それなのに何故、私は退職しようと思ったのか

…そこに至るまでには、さまざまな伏線がありました。

自分も今年で40歳。人生80年と考えたら、ちょうど折り返し地点です。

高校生の時に、担任の先生が言ってた言葉が記憶に蘇ります。

古代中国の孔子さんて、知ってる?思想家の
論語という書物の中で仰ってるんだよね。

「自分は十五歳のときに学問を志し始めた」
「三十歳にして独り立ちをし」
「四十歳で迷うことがなくなった」

40歳の事を【不惑】と呼ぶのも、この論語から来てるんだけどね。いやー、孔子先生すごいよ。さすが聖人だなって思う。

みんな、まだ10代だから分からないと思うけど
人生の先輩として教えておくね。

普通の人は逆だ。
40歳になるとね、すっごい惑うよ。

折り返し地点に立ってみて、自分の人生は本当にこれで良いのかって考える。40歳で迷わなくなるというのは聖人の域だね。

40歳の誕生日を迎えた時、私は先生の言葉を思い返していました。

「自分はどんな50代、60代、70代になっていたいんだろうか」

そして、おぼろげながらに自分の目指す姿が見えてきた時、今の延長線上にはその姿はないと感じたのでした

別に、世界征服しようとか、億万長者になりたいとか、無茶な夢を持ってるわけではありません。

私の希望は、ささやかなものです。

・いつも好奇心を持って新しい事にチャレンジし
・知識と経験を伸ばして、自分の成長を感じながら
・自分のスキルを使った問題解決で社会に貢献し
・家族を養えるだけの収入と資産を持つこと

…というのをですね。

自分自身で方向性を決めて、自分の裁量で
自分で稼働率をコントロールしながらやれたら素敵だなって思ったんです。

例えばですよ。

・70歳だけど現役で、週1で2つの仕事を掛け持ちしながら
・高度な経験とスキルでマジで良い仕事しつつ
・わりと遜色ない収入を得ながら
・残りの週5は余生を楽しんでたら

それって素敵じゃないですか?
人生、極まってるなって思いますよね?

そんなこんなで、15年間勤めた会社を退職し
独立してITコンサルタントとして生きていくことを決意しました。

退職の経緯については、こちらでエントリを書いて参りますので
ぜひともお読みください。

このブログの紹介

このブログは、ストレスフリーな人生を送ることを目標として、自分が考えたこと・模索してきたことを情報発信して参ります。

同じような悩みを抱える同世代、若い世代の方々が人生設計を考える上で、少しでも参考になれば幸いです。

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ケビン松永