グローバル人財をめざす人のための英語勉強法 第3回:外国人タレントから想像する語学力の幅

ライブの男性

前回お話したように、英語って自分よりレベルが一つ上になってしまうと、どんな世界なのか想像ができません

だから、英語ができない人ほど【話せる】【話せない】の二元論で捉えがちです。ところが実際には、言語というのは非常に幅が広いです

そこで今回は、外国人タレントの日本語力を例にしながら、外国語力の幅というものを具体的に感じて参りましょう。

レベル1 ボビー・オロゴン

ボビー・オロゴン
画像出典:アレムコプロダクション

<Wikipediaより経歴を引用>

ナイジェリアの国立大学を卒業後、父が経営する貿易会社の手伝いでドイツを始め世界各国を回り1995年に糸の買い付けを目的に初来日

500万円とパスポートをバスの中に置き忘れる事件を起こしたが、幸運にも戻ってきて糸を買い付け帰国。このとき、日本人の優しさに感動したという。

1998年にタイヤチューブ買い付けのため再来日するも、資金をパチンコで使い果たしたうえ、日本の自動車のタイヤはチューブを使用しないタイプが多いことが判明したため買えず、そのまま日本にとどまる

1999年、居酒屋でナンパして出会った保険会社勤務の日本人OLと、ナイジェリアで挙式

1999年に長男ジョイ誕生、2年後に長女ローズ誕生。この2人の子は後に複数の番組で親子テレビ出演を行い、事実上の芸能活動を開始することになる。

さらにローズの下に妹が 2人おり、4 児の父である。

<Wikipediaの引用終了>

さあ、ボビー・オロゴンさんの日本語について皆さんはどう思いますか?

ボビーさんは、ぎこちなかったり、ユニークな表現を使う事もありますが、それでもボビーさんが個性を発揮するには十分な日本語力なのかもしれません。逆に、ボビーさんが日本語をすごく上達すると、仕事が減るかも…

レベル2 ケイン・コスギ

ケイン・コスギ
画像出典:kane kosugi OFFICIAL WEBSITE

<Wikipediaより経歴を引用>

父はハリウッドのアクション俳優、ショー・コスギ。母親は台湾人で、英語・日本語を習得。ハイスクール卒業後の 1993年に来日し、父の母国日本で芸能活動を始める。

日本に来たばかりのとき、知っている日本語は「元気ですか ?」だけであり、喫茶店のアルバイトで出前の際、道に迷っても交番で「元気ですか ?」としか言えなかったとのこと。

『カクレンジャー』の収録時の当初は共演者ともなかなかコミュニケーションが取れずに困惑していた

後に、サスケ役の小川輝晃から和英辞典をプレゼントされたり、一緒にジムへ行ってトレーニングをしたり食事を共にするうち、次第に他の共演者とも交流を深めていったという

<Wikipediaの引用終了>

さて、ケイン・コスギさんの日本語力はどうでしょう

いやね、ご本人も苦労されたと思うんですけど

それでも、筋肉番付で活躍して、リポビタンDのCMでファイトーいっぱーつ!と叫んでる分には、たぶん十分な日本語力なんですよ

 

レベル3 パンツェッタ・ジローラモ

パンツェッタ・ジローラモ
画像出典:ホリプロ公式ホームページ

<Wikipediaより経歴を引用>

1962年にアヴェッリーノ郊外のヴィッラノーヴァ・デル・バッティスタに生まれ、16歳まで地元の有名サッカークラブ、ナポリに籍を置いていた。しかし怪我により、選手としての道を断たれる。

ナポリ建築大学を中退して 1988年に来日。この時現在の妻である谷澤貴久子と知り合い結婚20年近く日本に暮らしているが、日本文化には全く興味がなく、出す話題は女性のことのみ

明海大学経済学部を卒業した後、NHK教育テレビの『NHK外国語会話 イタリア語会話』に出演。日本人ウケしやすい「典型的イタリア人」として人気を博す

<Wikipediaの引用終了>

ちょい悪オヤジのジローラモさん。日本在住はけっこう長くて20年以上。それでも、日本語ネイティブから見れば、あれぐらいの日本語レベルですよ

いかに、外国人がネイティブ並を目指すということが無謀なことなのかということを、皆さんにご理解頂きたいというのが今回のエントリの目的です

 

レベル4 デーブ・スペクター

デーブ・スペクター
画像出典:スペクターコミュニケーションズ

<Wikipediaより経歴を引用>

小学 5年生の頃、日本から転校してきた日本人のワタル君こと現在シカゴ在住の菅野渡氏と親しくなり、それをきっかけに日本に対し強い興味を持つようになり、毎日 10個の日本語単語を覚えるようになる

日本人学生を対象にしたシカゴ日系人会主催の日本語弁論大会で 2年連続優勝。その時の論文の題は“三島由紀夫の生涯と自殺”であった。

現在でも日本語の単語を1日に3 – 5 つ覚えることを日課とし欠かしたことがない。それはどんな場面においてもコメンテーターとして専門用語を理解し使いこなすためでもある

1972年上智大学に留学し、1975年シカゴ放送学校を卒業。シカゴのコメディ劇団セカンド・シティに所属したり、ギャク・ライターとして活躍した後、ABCテレビの番組プロデューサー及び番組内における日本特派員として再来日する。1976年、ロサンゼルスのホテルニューオータニロサンゼルス(現キョート・グランド・ホテル・アンド・ガーデンズ)でコンシエルジュとして働く京子と出会い1981年に結婚。1983年に活動拠点を東京に移す。

<Wikipediaの引用終了>

デーブ・スペクターさん、ダジャレで馬鹿にされてますけど、子供の頃から勉強熱心で、もう40年以上も日本語を勉強されてますし、活動拠点を日本に移してから35年も経ってる

でもさあ、やっぱり日本人からすると、「外国人だな」「日本語ネイティブではないな」という感じはするわな。

これを読んでいるそこのあなた。

デーブ・スペクターさん並に外国語がうまくなりたかったら、まあ30年は見ておいて下さいよそれで、毎日単語を3 〜 5個覚えるのが日課ね

 

貴方はどのレベルの英語力を目指しますか?

以上、4名の外国人タレントを参考にしながら、外国語力の幅について考察してきました。

英語もコミュニケーション手段の一つなので、英語が流暢だったとしても内容が薄かったらどうしようもありません。

語学には膨大な暗記と反復練習が必要であり、誰がやっても習得には時間がかかります。

もしですよ。本当に英語ネイティブみたいになりたい!と思って、30年掛けて本当に英語がペラペラになってですね

それで、すでに年齢が60歳で、英語だけペラペラなのに、専門知識・経験・インサイトとかを持ってなくて、コミュニケーションの中身が違う意味でペラペラだったら

「バカなの?」「何やってたの?」って感じじゃないですか。

なので、有限な時間しか勉強に充てられない分別ある大人は

まず最初に「どのレベルを目指すのか」「どのレベルで諦めるのか」という事をしっかり考えて、最低限の勉強時間を確保するとともに

それ以上に時間があれば、英語の勉強以外の専門知識・経験・独自の視点・インサイトの獲得に時間を割くべきだと考えます

 

ん? 私ですか? 

私は、外国人と話す時には常に、自分の事をボビー・オロゴンだと思って話していますよ。

 

「フッッザケンナヨ!! ババア!! ダマッッテロヨ!!」

ボビー・オロゴン
画像出典:アレムコプロダクション